創立50周年記念賞 受賞講演
鍼灸古典文献の基礎学
―誰でも即座に知りたい文献資料を見られる方法―
小林 健二
日本内経医学会
Ⅰ.はじめに
鍼灸は伝統医学である。古代の無数の人達が現実に病と対峙し、人間とは、病とは、自然とは、治療とは、養生とは、鍼灸とは何かなど、様々な問いに対して文字として文章として整理しまとめ、現在まで脈々と受け継がれてきた医学である。
その間、伝わらず途中で途絶えていった書物、今に伝わっている書物など様々な伝承の歴史がある。書物は著者の生きていた頭脳活動の分身である。その受けつがれた分身である書物を後の人が、さらに新しい時代、環境に応じた考えで書物を書き残し、すぐれた内容であるものは、さらに受けつがれる。まさに書籍は〈生き続ける遺産〉そのものである。
現在はインターネットにより自宅に居ながら朝から晩まで、深夜でもパソコンに向かえば、公共図書館、各大学図書館の貴重書や文献資料が見ることができる。資料によってはカラーで詳細に見ることもできる。この環境に我々は応えなければならないと考える。
今後の臨床や研究に役立ってもらえればと思い、鍼灸古典文献の検索術、古典資料の一部をここに公開する。
公開資料は下記のアドレスを参照。
http://point.umin.jp/siryo/202501.htm
Ⅱ.医学古典辞書
論文作成、カルテ入力、ネット検索でも鍼灸関連の用語の入力は容易ではない。例えば経穴、人名、書名、専門用語などの文字入力は普通のパソコンではできない。中脘、譩譆、孫思邈、王燾、素問、霊枢、瘀血、腠理、艾炷などである。この難問は、今回提供する一般の医学用語を含め約6万語を収録した辞書ファイルをパソコンにインストールするだけでほぼ解決可能である。
特殊な使い方であるが、経穴は部位の表記も可能である。
・ひらがなの1文字と@マークで穴名が出る。
例:い@ → 陰陵泉、委中、…
・ひらがなの1文字と「:」の記号で漢方薬名が出る。
例:い: → 茵蔯蒿湯、一物瓜蔕湯、…
・穴名のあとに@@、または@@@を打つと部位表記が出る。
例:「いちゅう@@」では、『鍼灸甲乙経』の内容の「入於委中、委中者、土也、在膕中央約文中動脉、足太陽脉之所入也、爲合」
「いちゅう@@@」では、現在の学校教科書の内容の「委中○膝後面膝窩横紋の中点」を出してくれる。
Ⅲ.貴重書資料公開Webサイト
現在、国立国会図書館、国立公文書館内閣文庫、国文学研究資料館、早稲田大学図書館など全国の公共図書館、大学図書館で貴重書が公開されている。その中で特に、京都大学附属図書館が所蔵する医学分野の貴重資料コレクション「富士川文庫」は約5,000点にのぼる医学書が公開されている。それらの資料を100%有効利用するためのExcelファイルを作成した。
まずその前に、国文学研究資料館で公開している『医心方』web資料を例にして説明すると、1,555コマ数があり、例えばどこに鍼灸関係の経穴があるか戸惑う。1コマずつページをクリックしなければならない。「目次」の項目はあるが決して見やすいシステムとはいえない。そのため筆者は全文検索可能なように数年前 Excelでデータベース化した。もしも実際の画像ページを見たいときはリンク先を挿入してあるので一瞬で該当ページを閲覧可能である。e国宝(国立文化財機構 国宝・重要文化財)にある国宝『医心方』に至っては〈目次見出し〉が無いので該当ページにたどり着くまで相当の時間を要す。
以下に紹介する公開図書館のほとんどが〈目次見出し〉は無い。目的の文献のコマ数が少ないものは問題ないが100コマ、200コマになると〈目次見出し〉は必須であろう。その要望にかなえられるよう〈目次見出し〉を作成しリンクを付けたファイルを今回公開した。アクセス数はある意味で公開図書館の〈命〉かもしれない。Webページにアクセスして数値(アクセス数)で示すことが公開図書館へのお礼、感謝の気持ちと考える。
【公開図書館の紹介】
・国立国会図書館デジタルコレクション
・国文学研究資料館
・国書データベース
・京都大学貴重資料デジタルアーカイブ(富士川文庫)
https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/collection/fujikawa
・東大富士川文庫資料
https://iiif.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/repo/s/fujikawa/page/home
・慶應義塾大学メディアセンター デジタルコレクション
http://dcollections.lib.keio.ac.jp/ja/koisho
・富士川文庫デジタル連携プロジェクト試行版
http://www.kulib.kyoto-u.ac.jp/rdl/digital_fujikawa/
・早稲田大学図書館 古典籍総合データベース
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/
・国立公文書館デジタルアーカイブ 内閣文庫
https://www.digital.archives.go.jp/
・宮内庁書陵部 書陵部所蔵資料目録・画像公開システム
https://shoryobu.kunaicho.go.jp/
・e国宝(国立文化財機構 国宝・重要文化財)
・国立博物館所蔵 デジタルライブラリー
https://webarchives.tnm.jp/dlib/
Ⅳ.内容と特徴
1)国立国会図書館デジタルコレクション
まず国会図書館であるが、明治初期から1945年頃までの出版された図書がある。鍼灸関係でいえば「灸」で検索すると図書だけで3,331冊ヒットする(館内限定を除く)。古典籍資料(貴重書等)は89冊あるが、これは江戸期の出版されたものである。『東医宝鑑』(朝鮮・許浚)や『黄帝内経素問註証発微』『黄帝内経霊枢註証発微』(馬玄台)『扁鵲神応鍼灸玉龍経』(四庫全書本)等も公開されている。
何と言っても明治、大正、昭和の鍼灸書は多数公開されているから必見である。柳谷素霊、辰井文隆、山崎良斎、玉森貞助、山本新梧、吉田弘道、松元四郎平、等など、現在の日本鍼灸を作った先生達の著作、教科書がここにはある(注1)。ただし利用者登録(本登録)をしないと「送信サービスで閲覧可能」資料は閲覧できない。利用者登録をすること。
古典籍資料には書誌情報はあるが目次項目がない。明治以降の図書は、ほぼ目次が付けられリンクされている。書名、人名だけでなく目次項目からも検索できるので、思わぬ資料を検索できることがある。例えば『狂言全集』(幸田露伴 校・博文館、1903)の目次に「針立雷」というのがある(注2)。雲から落ちてきた雷さんの腰痛を鍼師が鍼で治す話。キーワードとして「針立」という言葉を知っているかどうかで検索結果は大きく変わるので、そこはテクニックが必要である。検索語で「鍼」を検索するときは「鍼、針、はり、ハリ、針立」等のいくつかの名前で調べてみること。灸は「灸、きゅう、やいと」があるが「きゅう」で調べると何万件も出てくるので「はりきゅう」などのキーワードで検索すること。
2)京都大学貴重資料デジタルアーカイブ(富士川文庫、近衛文庫、その他)
次に紹介するのは、京都大学・富士川文庫。
はじめに富士川游(ふじかわ ゆう=1865~1940)の略歴を簡単に紹介する。
広島県生まれ。広島医学校卒。ドイツ留学後、日本医学史の研究、史料の収集に努めた。代表作は『日本医学史』(明治37年)、『日本疾病史』(明治44年)。これは国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可能(注3)。京都帝大、九州帝大、慶応大学医学部にて医学史を講義。日本医史学会理事長。医学史編集にあたり全国各地から集めた4,340余部、9,000余冊の集書は京都帝国大学に寄贈。
富士川氏の蔵書は京都大学、慶応大学、東大、日大に分散されていて、富士川文庫デジタル連携プロジェクト試行版Webサイト(注4)によれば、
<公開資料件数> 2020年8月現在
京都大学: 4,711件
慶應義塾大学: 911件(今後順次追加予定)
東京大学: 172件
という膨大な資料が現在、閲覧できるわけである。なおかつ公開資料は継続中で現在進行形である。
20年くらい前は京大・富士川文庫資料は100冊以上Web公開していたが、多くは館内のみ閲覧可でWeb非公開であった。外部の人はただ目録をながめているだけであった。なぜこんなに閲覧可能になったのかというと、文科省のプロジェクトによる。参考までに文科省のプロジェクトの概要を紹介する。
〈日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画〉(注5)
「文部科学省の大規模学術フロンティア促進事業に人文・社会系ではじめて採択された歴史的典籍NW事業は、国文学研究資料館が中心となり、国内外の大学等の研究機関・図書館と連携して日本語の歴史的典籍約30万点全冊のデジタル画像化を行い、国文学研究資料館が従前より構築してきた歴史的典籍の書誌情報データベースと統合し、諸分野の研究利用に資する大規模データベースとしてWeb上で公開し、その画像を用いた国際的な共同研究のネットワークを構築した事業です。」という壮大な計画である。
京都大学図書館で検索するさいの注意は、旧字体、新字体が混在してデータベースができているので、新字体で検索して出てこなければ旧字体を使うと出てくることがある。例えば、夏井透玄著の『経脈図説』を探そうとしても出てこない。旧字体の『經脈圖説』ならば出てくる。『霊枢』等も15件検索されるが、別に『靈樞』でしか探せない本が1件ある。
参考までに国会図書館の検索ではどうなるか試してみると、『霊枢』でも『靈樞』でも同じように検索してくれる。新字体・旧字体混在の『靈枢』でも同じ結果が得られる。『内経』(日本のJISコード)でも『內經』(中国語コード)でも同じように検索してくれる。サーバーの検索エンジンが新旧の字体を自動的に変換してくれるシステムに作ってあるからであろう。
京大・富士川のおすすめは多数あるが、内経研究では『霊枢講義』(Web書名では『黄帝内経霊枢 24巻首1巻』)(渋江抽斎)、経脈経穴研究では『経脈図説』(夏井透玄)、鍼灸専門書は『鍼灸枢要』(山本玄通)がおすすめである。
3)早稲田大学図書館 古典籍総合データベース
早稲田は医学書だけではないので、医学項目だけを一覧で見たい場合、検索語として「医学」を使うと803件出てくる。調べたい本を検索していて国会にも、京都・富士川にも無い時、そういう時に見つかることが多々ある。 『十四経発揮』だけでも15件出てくる。『十四経発揮鈔』(谷村玄仙)、森立之旧蔵の朝鮮装『十四経発揮』など貴重書がある。ダウンロードして使えるように設定してあるから非常にありがたいWebサイトである。
4)国立公文書館デジタルアーカイブ 内閣文庫
内閣文庫には江戸医学館、紅葉山文庫に旧蔵されていた貴重書が多数ある。和書は908年(延喜8)~1945年(昭和20)、漢書は13世紀~20世紀までの貴重書がある。目録だけで公開されていない本もあるが、国会、富士川、早稲田に無ければ、ここにアクセスしてみると公開貴重書に出会うことがある。ちなみに『霊枢』の善本、明刊未詳本があり公開されている。
5)宮内庁書陵部 書陵部所蔵資料目録・画像公開システム
ここには経絡治療研究会が昭和49年に記念出版した明拓『銅人腧穴鍼灸図経』(宋・王惟一)がある。出版物では分からない部分まで詳細に見ることがでる。
6)国立博物館所蔵 国宝・重要文化財
ここには国宝『医心方』(半井家本)があり必見。
7)国立博物館所蔵 デジタルライブラリー
検索語で「鍼灸」で2冊、「灸」で4冊、貴重書が出てくる。いろいろ検索語を変えて調べると面白い結果が出てくる。
8)国文学研究資料館 電子資料館
・国書データベース
2023年に「日本古典籍総合目録データベース」「新日本古典籍総合データベース」は「国書データベース」として生まれ変わった。
2024年12月現在で書誌レコード947,610件、著作レコード508,503件、著者レコード74,777件の膨大な資料がデータベース化されている。
試しに検索語として、先に提示した京大・富士川の夏井透玄著の『経脈図説』を探してみると旧字体の「經脈圖説」でなくても検索可能である。データベースが別の作成だからであろう。ここの「マイクロ/デジタル」とあるものは画像資料を公開している。
もう一つ、このWebサイトでテストしてみると、早稲田で公開している谷村玄仙の「十四経発揮鈔」を検索してみると早稲田の資料が出てこない。国会図書館で公開されている貴重書も同じく出てこない。ただし国書データベースに無いから無いと諦めることはない。早稲田、国会のWebサイトを調べてみると出てくることがある。国書データベースには、早稲田、国会の蔵書データがまだ未登録である、とういうことを知って検索すると大いに役に立つ。
Ⅴ.公開文献資料の現状
1)文献画像資料
鍼灸の全書、例えば『鍼灸医学典籍大系』(23巻・31冊、昭和53年、出版科学総合研究所)、『東洋医学善本叢書』(8巻・昭和56年、オリエント出版社)、『黄帝内経古注選集』(全6巻・昭和60年、オリエント出版社)、『臨床鍼灸古典全書』(69巻・341冊、昭和63年、オリエント出版社)、等々あるが、実際どれだけの文献がWeb公開されているのか調査した。
『鍼灸医学典籍大系』では、以下31冊あるが1冊(五極灸法)(注6)を除き、すべてインターネットで文献を見ることができるという結果が出た。
○素問 富士川文庫(京都)
○霊枢 富士川文庫(京都)
○黄帝鍼灸甲乙経 皇甫謐 富士川文庫(京都)
○黄帝明堂灸経 西方子 研医会図書館
○鍼灸資生経 王執中 富士川文庫(京都)
○銅人腧穴鍼灸図経 王惟一 宮内庁書陵部
○難経本義 滑寿 研医会図書館
○十四経発揮 滑寿 国文学研究資料館
○鍼灸聚英発揮 高武 富士川文庫(京都)
○神応経 陳会撰・劉瑾重校 国文学研究資料館
○鍼灸集要 曲直瀬道三 富士川文庫(京都)
○鍼灸指南集 曲直瀬道三 富士川文庫(京都)
○鍼道秘訣集 御園夢分斎 富士川文庫(京都)
○鍼灸極秘伝 木村太仲 国会
○療治之大概集 杉山和一 国会
○選鍼三要集 杉山和一 国会
○医学節要集 杉山和一 国会
○鍼灸説約 石坂宗哲 富士川文庫(慶応)
○鍼灸知要一言 石坂宗哲 富士川文庫(京都)
○鍼灸抜萃大成 岡本一抱 富士川文庫(慶応)と早稲田
○阿是要穴 岡本一抱 富士川文庫(京都)
○経穴密語集 岡本一抱 富士川文庫(京都)
○鍼灸則 菅沼周桂 富士川文庫(慶応)
○鍼灸重宝記 本郷正豊 北海道大学
◎五極灸法(注6) 後藤艮山 未公開
○名家灸選 和気惟亨 富士川文庫(京都)
○鍼灸要法 岩田利斎 国会
○経穴彙解 原南陽著 神戸大学 静岡県立中央図書館
○経穴籑要 小阪元祐 野中烏犀圓
○千金方 孫思邈 富士川文庫(京都)
○医心方 丹波康頼 国文学研究資料館
『臨床鍼灸古典全書』では339冊中207冊公開(内149冊は富士川文庫)。漢方系の本として『和刻漢籍医書集成』(エンタプライズ、1988)では68冊中63冊が公開、『近世漢方医学書集成』(名著出版、1979~84)では116冊中92冊公開されている。
全体的に7割は電子文献として見られる世界になってきた。この調査では特殊な貴重書(写本など)がいくつもあるので7割程度だが、基本的な医学書であれば、ほぼ100%閲覧可能。ただし、文献の解題、解説は無いので、それは本を読むときの羅針盤、航海図が無い状態で航海するのと同じである。専門的に読もうと思ったら解題の付いた書籍の購入をおすすめする。参考までに『和刻漢籍医書集成』(小曽戸洋、真柳誠・解説)では真柳氏は自身の解題部分をネット公開しているので、そちらを閲覧することをすすめる。(注7)
再度付け加えるが、「目次項目」とその「ページ」表記が無いことは、本は探せても利用しづらい。この点に関して筆者は「目次項目」と「ページ」をExcelでデータベース化してあるので各種文献の目次項目から「中風」「傷寒」「腰痛」などの病証を縦覧し閲覧ができるようにした。
2)文献テキスト資料
Web公開されている医学古典テキスト資料は、まだまだ発展途上が現状である。一番信頼におけるサイトは日本内経医学会・左合昌美氏の「靈蘭之室」にある「電子文献書庫」(注8)である。
『素問(王冰・新校正注も含めて)』『鍼灸甲乙経』『黄帝内経太素』『脈経』『諸病源候論』)などがあり公開されている。利用者の校正指摘があれば逐次訂正して最善のテキスト作りを目指している。
中国、台湾の公開資料はいくつかあるが、基本的には、2000年頃、湖南電子音像出版社の『中華医典』(CD-ROMで16枚)を基としている。600冊以上の伝統医学の資料(簡体字)をテキスト化してあるので宝の山。注意することは誤字、脱字があること。『医経小学』を『医経学小』と書名の変更をしたり、「脚気」を「香港脚」、「小品」を「短劇」など意味不明な改変があるが、必ず原本と校正しながら使えば最高この上ない資料であった。最近のWebサイトをいくつか紹介しておく。
・中医笈成
・中国哲学書電子化計画
・The Qi 中医古書 歴代名著選
http://www.theqi.com/cmed/oldbook/oldbook_top.html
「中国哲学書電子化計画」は、特徴として3万部以上の著作を収蔵。文字数にして50億字。
「中医笈成」は日本の『皇漢医学叢書』を含む約1,500冊が収録されている。文字の校正の精度は良く一番に使うべきサイトである。
参考までに『太平聖惠方』巻100、経穴部分の一部を比較してみると「中国哲学書電子化計画」では、
○關元一穴。在臍下三寸。陷者中。灸五壯。主賁豚寒氣入小腹。時欲嘔溺血。小便黃。
○腹洩大泉二穴。在手中掌後橫文頭。陷者中。灸五壯。主胸中氣滿不得臥。肺脹滿。膨膨然。
下線の「腹洩大泉」は句読の誤りと「膨膨然」以下の脱文がある。(○と下線は筆者が付した。以下同じ)
「中医笈成」では以下のように正されている。
○關元一穴。在臍下三寸。陷者中。灸五壯。主賁豚寒氣入小腹。時欲嘔溺血。小便黃。腹泄不止。卒疝。小腹痛。轉胞不得小便。歧伯云。但是積冷虛乏病皆宜灸之。
○大泉二穴。在手中掌後橫文頭。陷者中。灸五壯。主胸中氣滿不得臥。肺脹滿。膨膨然。目中白翳掌中熱。胃氣上逆。唾血及狂言。肘中痛也。
筆者の「電脳資料」は、以下のように作る。
○(&14-04;●関元)一穴、在臍下三寸陥者中、灸五壮。主賁豚、寒気入小腹、時欲嘔、溺血、小便黄、腹泄不止、卒疝、小腹痛、転胞不得小便。岐伯云:但是積冷虚乏病、皆宜灸之。
○(&01-09;●大泉)二穴、在手中掌後横文頭陥者中、灸五壮。主胸中気満不得臥、肺脹満膨膨然、目中白翳、掌中熱、胃気上逆、唾血及狂言、肘中痛也。
経穴については01-09と数値化してあるので他文献の01-09を比較校合し「大泉」は「太淵」穴のことであるが判断できる。
Ⅵ.古典テキストの現状
パソコンを研究道具として使う場合、最も使う機能は検索だと考えている。ひとつのファイルに何百万字あろうとも、あっと言う間に検索し表示してくれる。筆者はエディタソフトでテキストファイルを作ることを日常としている。なぜWordではいけないのか、という質問があるが、Wordなどの文章作成ソフトには文字の装飾、例えばフォント、文字サイズ、色、斜体、太めの文字、下線などの情報がデータとして入るので、いやでもデータ量が多くなる。そのためファイルの閲覧(読み込み)が遅くなる。エディタで作ったテキストは文字情報にフォントも色も入っていないので、とにかく早い処理ができる。エディタソフトで作ったテキストファイルは30年、いまだに使っている。そして満足している。
『内経』14万字の中に、例えば「愛」という漢字がどこにあるか、どれだけ用例があるか、瞬時で教えてくれる。筆者は、この機能を使いたいためにパソコンを導入した。そして日々、その恩恵に浴している。ただテキストを製作する側としては、これは余りにも大変な作業なのは事実である。先の「中医笈成」等を使い、校正し、数値化した記号を付けたりしてテキストを作成している。写本の場合、読めない字、異体字、誤字など様々な問題に直面する。パソコンの文字コードに無いもの、専門用語が多く漢字変換しても出てこない文字など苦労はあるが、現代版の伝写の誤りはしてはいけないと常日頃、自分自身に言い聞かせている。伝写誤りを無くすために最近は画像資料とテキストデータをできるだけ相互に参照できるように作っている。日本独自の返り点などの情報をテキストにするには難しすぎるのと、見にくいテキスト資料になっていく。ルビ、返り点などの情報を捨てるのは惜しい、だがその情報を入れればテキストが見にくくなり、使いづらくなる。そのバランスが微妙で今も試行錯誤している。
鍼灸医学で重要な経穴と主治症という問題がある。百会は痔疾患に効く、等である。経穴を整理するさいに、かつてこんな整理の仕方をした。例えば手の少陽三焦経に液門(TE2)という経穴がある。「手背薬指と小指の間、みずかきの近位陥凹部、赤白肉際」という部位で、このTE2(Triple Energizerの2番目の意味)というのはWHOの標準経穴の記号。こういう記号を付しておけば漢字の問題がないので統一されたデータが引き出されると考えたが、データ処理的には「TE2」で検索すると、(TE2=液門)と(TE20=角孫)も検索するので「0」を付けた二桁の数字(TE02)にしないと実はよろしくない。ただ歴史から言えばコンピュータが普及する前の時代に決まったことなので仕方ない話である。
筆者は次に「&10-02;●液門」のように記号でまとめてみた。「&10-02;」は『十四経発揮』の経絡順でいえば10番目の経絡で、その2番目に位置する経穴の意味である。こうしておくと文献資料で経穴名が混在していても記号で正しく検索してくれる。結果的には液門(TE2)の表記には3種類あるのが分かる。「腋」と「液」、さらに「掖」の字が以下のように使われている。①腋門と液門が混在(鍼灸甲乙経)、②掖門(千金要方)、③腋門(千金翼方)、④腋門(外台秘要方)、⑤液門(素問王冰注)、⑥掖門(医心方)、⑦液門(太平聖恵方)、⑧液門(銅人)。この8種類の文献を「10-02」という記号で整理しておけば一回で閲覧できると考えデータを作成した。詳細は公開資料を見て頂きたい。
また誤字か、実はそうではないのか、いくつも判断に悩むところがある。参考までに『鍼灸甲乙経』(『医統本』)の校正前と校正後の例を挙げておく。左が誤字、右が校正した文字。
目光→目窗、禾窌→和窌、顱顖→顱息、廣泉→廉泉、天空→天窓、亶中→膻中、屏翳→屋翳、淵掖→淵腋、巨缺→巨闕、氣街→氣衝、腹屈→腹結、大淵→太淵、天澤→尺澤、温留→温溜、掖門→液門、腋門→液門、外聞→外關、中郄→中都、大谿→太谿、太鍾→大鍾、中犢→中瀆、趺陽→附陽、扶承→承扶など。
人間の脳の働きで無意識に「大淵」は「太淵」と何も考えずに頭で変換し理解する働きがある。ただパソコンは厳密であるから自動変換してくれない。それ故、太淵を検索しても大淵は出てこない。文献によっては太淵穴の主治症が抜ける場合がある。太淵穴は避諱の関係で『千金方』等では「太泉、大泉」と出てくる。いまだに『素問』などでは「缺盆」穴などは体表部位名か経穴か判断に悩む。
また時代により漢字の字形が変化するのも多くある。要→腰、北→背など。それを校正し編集しまとめ上げると、逆に文献的な価値が無くなる。写本に限りなく近い文字コードを選び作り上げたテキストはどうかというと、注記だらけの見にくいテキストになり、また不満が残る。まだまだ未完成だが、テキストデータベースをここに公開し後人の英智をうかがいたい。公開テキストは『素問』『霊枢』『難経』『傷寒論』『金匱要略』『神農本草経』『扁鵲倉公伝』、これに経穴データ部分の『甲乙経(医統本)』『明堂経(楊上善)』『千金要方』『千金翼方』『外台秘要』『素問(王氷注)』『医心方』『銅人』『甲乙(黄龍祥本校本)』『明堂(小曽戸本)』をまとめたものである。日本内経医学会(注9)の有志の方々の校正データであり価値は現時点で最高のものと考える。ここに会員有志の人達に心より謝意を申し上げる。
【注】
(1) 参考までに書名を挙げておく。
『鍼灸医術の門』 柳谷素霊
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1064467
『図解経穴学:並ニ取穴法詳説』 辰井文隆
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1050266
『実験鍼灸病理学:一名・鍼灸治療学』辰井文隆
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1054835
『図説鍼灸医学』 山崎良斎
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1050263
『最新鍼灸医学教科書』(1~3) 山崎良斎
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1034420
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1053514
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1030787
『鍼灸経穴医典』 玉森貞助
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/935239
『鍼灸孔穴類聚 上巻』 松元四郎平
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/918892
『日本鍼灸学教科書』 山本新梧
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1033159
*28件あり、1件のみアドレス表記
『鍼灸萃要続篇:孔穴適用』 吉田弘道
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/910358
(2)『狂言全集』の「針立雷」
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/876514/40
(3)『日本医学史』『日本疾病史』
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/833360
(4) 富士川文庫デジタル連携プロジェクト試行版Webサイト
https://www.kulib.kyoto-u.ac.jp/rdl/digital_fujikawa/index.html
(5)〈日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画〉
https://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/overview/index.html
(6) 京大・富士川のライブラリーに同書ではないが内容をうかがえる部分がある。『遺教一解』(後藤艮山)の「五極灸訣」。同じく『痘瘡新論』(後藤艮山)の「五極秘灸」。
(7) 真柳先生のホームページ
http://square.umin.ac.jp/mayanagi/paper03/wakoku.html
(8) 日本内経医学会・左合昌美先生の「靈蘭之室」電子文献書庫
http://plaza.umin.ac.jp/~linglan/
(9) 日本内経医学会
https://plaza.umin.ac.jp/~daikei/

